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舞踊

地唄舞の魅力と恐ろしさ〜厳島神社で捧げる「八島」に想う

私が地唄舞に魅了されたとき

皆さまこんにちは。地唄舞の花崎杜季女でございます。
今回は、厳島神社での奉納舞「八島」を動画でご覧いただくとともに、舞って感じた地唄舞の魅力について、少しだけお話ししたいと思います。

「なぜ、小学6年生の時、師である神崎ひでの舞に魅了されたのか。」

この問いを立ち止まって考えてみました。ピアノと絨毯の家に育ちながら、なぜ?

あのときは、正直、唄われていた歌詞も解っていませんでした。
しかし、舞手であるひでの、立っているだけで周りを圧倒するような、品格に溢れた空気。ひでの周りには、時が止まったり動いたり、時空を掌握している異空間が存在していたのです。
この異次元の世界に、小学生をも感動に導く不変の美が、感動があったのでしょう。今ではそう思っています。

地唄舞には、背景となる大道具も小道具も、基本的には何もありません。着物は着ていますが、絶対的に決まったある役柄の衣裳があるわけではありません。純粋に、舞手の肉体の表現力だけの勝負です。
むしょうに挑戦してみたいと思いました。

自然と一体化し、場の一部になった「八島」

あれから、もう少しで半世紀を迎えようとしています。
まだまだ、求め続けていた境地には遠く及びませんが、この厳島神社での奉納舞で、作為で舞ってはいけないことの意味、大きな力に舞わせてただいているということが、頭でなく少し身体に降りてきた気がいたしました。

厳島神社の高舞台は、海に向かってせり出しています。「八島」を舞っていると、潮が満ち、日が陰り、夕焼けとなり、小雨が降り、日が差し、鳥が飛んで来て一緒に舞い・・・自然に包まれ、その一部として溶け込んでいく感覚を覚えました。舞が、そこで孤立主張しているのではなく、その場の一つの流れとして存在出来たと感じられたのです。

ただこれは、自分ですこし感じることができたというだけです。見者の方々とどこまで共有できたかは、未熟な部分が多くあるでしょう。
思うような表現を可能にする肉体を作るためには、修行=稽古しか道はありません。これからも、安定した身体を作り、想いを柔軟に届けられる緩やかな身体を作っていきたいと思っております。

二人の師が説き続けたのは・・・

最後に、私の2人の師、神崎ひで師、閑崎ひで女師はお二人とも、とにかく人格を磨くようにと言い続けておられました。
「舞にすべてが出ます」、と。

隠そうとしても出てしまう人間性を問われることは、一番恐ろしいこと。いままでも、そしてこれからも、一番の難題です。

この記事の著者

地唄舞 花崎流 家元
花崎 杜季女(はなさき ときじょ)

昭和の地唄舞の名人神崎ひで師に師事、後にひで師の高弟ひで女師(後の閑崎ひで女師)の元で関東の地唄舞を学ぶ。毎年花崎流地唄舞の会、リサイタルを国立劇場、紀尾井ホールなどで主催する一方、平成22年、東京都港区に地唄舞普及協会を設立。国内・海外でのワークショップ、和講座案内人、小学校講師を務める。現代に生きる地唄舞の可能性を追い求め、海外の伝統楽器、ジャズ、朗読とのコラボ、美術館とのコラボ、被災地いわき市民俗芸能との鎮魂公演など多ジャンルとの活動を広く行う。海外公演、事業には、港区、東京都、国際交流基金、Eu・Japan Fest、東京倶楽部などよりサポートを受けて活動。平成28年年末より三鷹に「六瓢庵」(予定)という和もの文化を身近に味わえる空間を開場予定。東京と広島で教室を開講。

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